・R.シュトラウスの「四つの最後の歌」
・ストラヴィンスキーの「レクイエム・カンティクルス」
いずれも作曲者の最晩年の作品だ。
「白鳥の歌」という形容がふさわしい。
いずれも「死」を強く感じさせる作品ではある。
しかし、決してネガティブなものではない。
怖くもない。重くもない。
安らかで穏やかな、それでいて謎を残した最期。
この世の真理はついに解かれぬまま。
一人の人間が静かにその生涯を閉じる。
そんなたたずまいだ。
モーツァルトは、自分が早々に死ぬだなんて思ってもいなかったかもしれない。
しかし、クラリネット協奏曲の第二楽章など聴くと、彼の心と魂は既に半分「向こう側」に行っていたのではないかと思ってしまう。
R.シュトラウスは明らかに「死」を意識している。
「四つの最後の歌」の中でも、例えば終曲の「夕映えの中で」の歌詞はこんな調子だ。
私たちは苦しみと喜びとのなかを
手に手を携えて歩んできた
いまさすらいをやめて
静かな土地に憩うまわりには谷が迫り
もう空はたそがれている
ただ二羽のひばりが霞の中へと
なお夢見ながらのぼってゆくこちらへおいで ひばりたちは歌わせておこう
間もなく眠りのときが来る
この孤独の中で
私たちがはぐれてしまうことがないようにおお はるかな 静かな平和よ!
こんなにも深く夕映えに包まれて
私たちはさすらいに疲れた
これが死というものなのだろうか?
ストラヴィンスキーの「レクイエム・カンティクルス」なんて、これ「春の祭典」にも比肩する大傑作ですよ。
30歳で「春の祭典」を書いた後、ず〜っと低空飛行だったストラヴィンスキー先生。
齢70を超え、宗旨替えして作風を大転換してみせた。
齢84、ついに辿り着いた枯淡の境地。
最終曲の鐘の音を!
これを聴かずして死ねるか!
・R.シュトラウスの「四つの最後の歌」から「夕映えの中で」
・ストラヴィンスキーの「レクイエム・カンティクルス」(※「リベラ・メ」から再生開始する)