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「『キャバレーに行こう』じゃねえよ!」じゃねえよ!【メタ音楽③】

弁護士の団堂八蜜です。

 

前々回、前回と続き、メタ音楽の話をします。

「このような音ではない!」【メタ音楽①】 - 弁護士法人フィクショナル・公式ブログ(架空)

「ベートーヴェンをぶっ飛ばせ」【メタ音楽②】 - 弁護士法人フィクショナル・公式ブログ(架空)

 

ベートーヴェンチャック・ベリーの話がまだ途中でしたが、これに関してはまた次回に。

 

今回は

バルトークの「管弦楽のための協奏曲第4楽章」

です。

 

1.「管弦楽のための協奏曲」の作曲経緯

母国ハンガリーでのナチスの台頭・干渉により、ライフワークとしてきた民俗音楽の収集ができなくなったバルトーク

悪化を続ける政治情勢に失望し、1940年、やむなく妻を連れてアメリカへと亡命します。

ところが、新天地での彼の評価はふるいませんでした。

新作の委嘱もなく、ハンガリー時代の印税収入や年金も途絶えたうえに、白血病まで患い、不遇の貧乏生活を余儀なくされてしまいます。

1943年、そんなバルトークのもとに、指揮者セルゲイ・クーセヴィツキーから久々の作曲依頼が舞い込んできます。

委嘱にかこつけた資金援助でした。誇り高い芸術家を決して傷つけないように、作曲家としての自信を取り戻してもらえるようにとの粋な計らいです。

バルトークはこの依頼に奮起、全5楽章のオーケストラ曲を一気に書き上げました。

この曲こそが名作「管弦楽のための協奏曲」です。

 

2.第4楽章「中断された間奏曲」

第4楽章のタイトルは「中断された間奏曲」となっています。

日本語だと随分物々しい感じがしますが、

原題は"Intermezzo interrotto"です。

韻ふんじゃってます。遊んじゃってます。

弦楽による東欧民謡風の旋律が郷愁をかき立てる、大変に魅力的な楽章です。

美しい旋律が続くなか、突然、場違いなチンドン屋風音楽が割り込んできて、間奏曲は「中断」されてしまいます。

これに対して、吹き出し、嘲笑い、ブーイングを飛ばすオーケストラ。

何事もなかったかのように、再開する美しい音楽。

最後には、憑き物が落ちたような、どこかサッパリとした印象で曲は終わります。

 

3.チンドン屋風音楽の正体

このチンドン屋風音楽、1942年に初演されたショスタコーヴィチ交響曲第7番(通称「レニングラード」)第1楽章から引用された旋律だと言われています。指揮者のアンタル・ドラティが、バルトーク本人からそう聞いたと証言しているそうな。

具体的には、「戦争の主題」と呼ばれる旋律の後半部分が引用されたと考えられています。

で、後年の研究で、この「レニングラード」の「戦争の主題」の後半部分自体も、実はレハール作曲のオペレッタ「メリーウィドウ」のアリア「マキシムへ行こう」から引用されたものである、と言われるようになりました。

つまり、「中断された間奏曲」に登場するチンドン屋風音楽は、引用のさらに引用、いわば「孫引き」された旋律だったのです。

 

4.謎に満ちた交響曲第7番「レニングラード

ドイツ軍包囲下の市内で作曲されたという「レニングラード」。この曲に対する(ひいてはショスタコーヴィチその人に対する)毀誉褒貶の激しさは、中々どうして、他に類を見ません。時代によってこれほど評価が別れる作品(作曲家)というのは大変珍しいのではないでしょうか。

①作曲直後

→ ファシズムとの戦いに臨むレニングラード市民を、励まし、讃えた、素晴らしい作品!

②冷戦激化後

→ 共産主義国の御用作曲家によるプロパガンダでしかない、壮大なる愚作!

③「ショスタコーヴィチの証言」出版後

→ ソ連政府当局に対する痛烈な批判が、暗号のごとく込められていたとは!なんと意味深長なる名作!

④「ショスタコーヴィチの証言」偽書説が通説化

→ 結局何を言いたい曲なのかよくわからん!なんかたぶん深い曲なんだろう!たぶん!

この評価の変遷を、生前に意図して仕組んだ節すらあるショスタコーヴィチ

きっとあの世で我々大衆の「聴く耳」のなさを笑っているに違いない。

この辺りの話は、深掘りしていくとかなり面白いと思うんですが、今回の本題からあまりに逸れるので、またそのうちにでも。

 

5.「戦争の主題」後半部分の解釈

ショスタコーヴィチが「マキシムへ行こう」(外交官が「マキシム(キャバレー)に遊びに行こう」「あそこの女は祖国を忘れさせてくれる」と歌うシーン)を引用した意味については、以下のような解釈が考えられます。

ヒトラーは「メリーウィドウ」が大のお気に入りで、作曲者のレハール(妻はユダヤ人)はヒトラーから格別の庇護を受けていました。

ショスタコーヴィチの言によれば「レニングラード」は「ファシズムに対する戦い」がテーマになっていることを併せて考えると、「マキシムへ行こう」の旋律は、ヒトラーを指すものと考えられます。

また、「マキシム」はショスタコーヴィチの息子の名前でもあります。「祖国を忘れさせてくれる」「マキシム」とは、「祖国」や「政府」よりも大切な「家族」や「人」を象徴していると考えられます。

「戦争の主題」を使って、ショスタコーヴィチは「夜中にキャバレー遊びに興じる政治家連中が、昼間にするのが戦争だ」とでも言いたかったのでしょうか。あるいは、ナチスの指導者連中の愚かしさを皮肉るにとどまらず、「私が愛するのは、家族や大切な身の回りの人々だ。ナチスはもちろん嫌いだが、『祖国への奉仕』を強いて国民を虐げるソ連政府も大っ嫌いだ!」と主張していたとも解釈できます。

この「マキシムへ行こう」の引用が、生前に当局にバレていたとしたら、一体彼はどうなっていたことでしょう。

 

6.「レニングラード」へのバルトークの反応

この「ファシズムに対する戦い」をテーマにした「レニングラード」、本国での初演時から連合国側で大変な話題となっており、ソ連政府は楽譜を「国家機密」扱いしたほどでした。

アメリカでは、国内初演権を巡って、大指揮者トスカニーニストコフスキー、先のクーセヴィツキーらによる熾烈な争奪戦が繰り広げられます。

結局、この争奪戦を制したのは最年長のトスカニーニ でした(このアメリカ初演の模様は、全世界にラジオ中継されており、現在もiTunes等で簡単に聴くことができます)。

レニングラード」は、1942年から翌年にかけて、アメリカ国内で62回も演奏されるほどの話題作となります。

アメリカにてこの曲をラジオで聴いたバルトーク、大層お怒りになったそうです。いわく「なんと不真面目な曲だ!」と。

天才バルトークのことです、「マキシムへ行こう」の引用というショスタコーヴィチの仕掛けにも、いち早く気がついていたんではないでしょうか。

ナチスレハールを、ひいてはソ連政府当局を槍玉に上げているようだが、貴様自身はどうなのだ。」

「貴様だって、国の御用作曲家として、この交響曲を書いてるのではないか!」

レニングラードでは今も多くの民が犠牲になっている。ナチスによって、ソ連政府によって。」

「何をのうのうと交響曲なんぞ書いているのだ。私自身、若い頃の習作を除いて、慎重に避けてきた深遠なるジャンルだというのに。それも戦争をテーマにしながら、チンドン屋のごときふざけたメロディを垂れ流しおってからに。」

「世間も世間だ!なんだってこんな陳腐な曲をもてはやす?この世はアホだらけなのかァ〜〜ッ?!」

(※これらの台詞は私の勝手な妄想です。バルトークがこんなことを言った記録はありません。井上和彦の声で脳内再生すると凄くそれっぽいなぁと思いました。)

とにかく、相当腹に据えかねたことは間違い無さそうです。

ナチス台頭のために、不本意にも祖国を去り、アメリカでは正当な評価を得られず、貧困に喘いでいたバルトーク

かたや、共産主義国でぬくぬくと御用作曲家をしながら、安っぽい交響曲を粗製濫造する青二才(とバルトークには見えたことでしょう)。

その説得力皆無な政権批判のメッセージに気付きもせず、自分を差し置き、この青二才を必要以上に祭り上げるアメリカの愚かな大衆。世界の人々。

バルトークが味わった屈辱、絶望、怒りの念は、察するに余りあるというものでしょう。

 

7.「中断された間奏曲」の解釈

そんな中、アメリカに来て以来、初となる完全新作の委嘱を受けたのです。

それも、「レニングラード」初演権争奪戦にも関わった、あのクーセヴィツキーからの依頼です。

自分をどん底に叩き落としたナチスを、当局に迎合し大衆に媚売る御用作曲家を、ひいては、聴く耳を持たぬ世界中の大衆を、新作の中で思いっ切り皮肉ってやろう。

バルトークがそう考えたとしても、何ら不思議ではありません。

「中断された間奏曲」に出てくる美しい東欧民謡風の旋律は、彼の心の中にある理想の故郷、音楽を象徴しているのではないでしょうか。

チンドン屋風音楽は、そんな理想郷を破壊し自分を追い出したナチスを、ひいては、くだらない音楽を持て囃して自分を冷遇する音痴な大衆を、意味しているのではないでしょうか。

 

8.バルトークが遺したもの

さっぱりとした気持ちで曲を閉じ、迎える最終楽章。

ここでは、完全に吹っ切れたバルトークが、新たな作風のもと、絢爛にして緻密な管弦楽技法を駆使してみせます。

魂を、全身全霊を、持てる全てを注ぎ込んだかの如く壮麗な最終楽章は、聴くたびに言い様のない感慨に襲われてしまいます。

管弦楽のための協奏曲」の初演は大成功、彼のもとには新作の委嘱が舞い込むようになりました。

ところが、時既に遅し。

白血病に侵されていた彼は、数曲の素晴らしい作品を遺すと、そのまま天国へと召されていったのでした。

 

おかえりバルトーク!そして、さようなら!

 

 

 ※この連載はフィクションです。実在の人物、団体及び事件等とは何ら関係がありません。