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アルトゥージ VS モンテヴェルディ【音楽史を作ったライバル達①】

【時代と場所】

17世紀初頭のイタリア

 

【登場人物】

ジョヴァンニ・マリア・アルトゥージ(1540年頃 - 1613年8月18日)

 

クラウディオ・モンテヴェルディ(1567年5月15日洗礼 - 1643年11月29日)

 

【対立の概要】

・1600年、アルトゥージは自書「アルトゥージ、あるいは当代の音楽の不完全さについて」において、モンテヴェルディのマドリガーレ(イタリア語による世俗的な合唱曲)について言及し、痛烈な批判を行った。

具体的には、モンテヴェルディが伝統的な対位法のルール(厳格対位法)に従わず、誤った方法で不協和音を使用しているというものであった。

・これに対し、1605年、モンテヴェルディは「マドリガーレ集 第5巻」の序文において、アルトゥージに対し真っ向から反論した。

モンテヴェルディは、自身が厳格対位法(アルトゥージの師匠ツァルリーノらが体系化したルール)に従っていないこと自体は否定しなかった。

そのうえで、厳格対位法が「第一作法(プリマ・プラッティカ)」であるとすれば、自身の作曲法は「第二作法(セコンダ・プラッティカ)」という新たな流儀であると主張した。

 

【対立の背景】

音楽史としては、ちょうどルネサンス時代からバロック時代の過渡期にあたる。

アルトゥージら保守派は、厳格対位法に基づく作曲を行っていた。

厳格対位法においては、声部間の均整や調和(音楽の滑らかさ)が重視される。

旋律内の各音の長さの比率や声部間の音程の変化等、楽譜上の縦横共に音の並べ方に関して厳格なルールが存在する。

他方、モンテヴェルディは、新しい作法として、厳格対位法のルールに拘らず、歌詞の感情表現を重視した。

歌詞の感情表現のために必要とあらば、半音階や不協和音を大胆に使用することも厭わなかったのである。

 

【後世への影響】

ルネサンス音楽からバロック音楽への大転換。

・厳格対位法からの解放。

① 声部間の主従関係が生じ、旋律とバスの役割が分化。

② 和音を効果的に用いる発想(和声進行)が生まれる。

③ 音楽に拍子感が生まれる。

・メリハリと対比の際立つ劇的・感情的な音楽の勃興。

・オペラが生まれる。

・オペラの序曲に相当する部分が、独立して切り離され、後の交響曲へと発展していく。

 

【聴き比べ】

・ツァルリーノ(アルトゥージの師匠)の作品

youtu.be

 

モンテヴェルディ「マドリガーレ集 第8巻」(1638年)

youtu.be

 

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