弁護士法人フィクショナル(架空)

架空の国の架空の弁護士によるブログ

数字と評価だけなのか

人間の生涯には数字と評価がつきまといます。
生まれた直後から、身長体重を計測されます。
未熟児かどうか、早速評価されるのです。
あんまりな表現なので、もう少しマイルドに低出生体重児と呼んだりします。
就学すると、勉強でもスポーツでも順位を付けられます。
親が早期教育に熱心な場合は、下手すると幼稚園や保育園に入る前から、そうした競争にさらされます。
音楽や絵画のような芸術畑においてすら、コンクールで競わされ、やはり順位を付けられます。
進学した学校や大学、学部にも、偏差値というレッテルが貼られます。
その学内でも、順位やGPA(成績)による小競り合いがあります。
就職すると、社会的地位の上下や出世競争、収入の多寡という、これまた数字と順位の世界にさらされます。
プロスポーツは言わずもがな。研究や芸術だって同様。
なんちゃらの賞を勝ち獲ったか、世界的・高名な舞台に立ったかetc.
まるできりがありません。
体重はBMI22に近い数値か、血圧や血中コレステロールは標準値内か、保有資産は幾らかetc.
書いてるだけで、どんどん息苦しくなってきますね。
息苦しくて、生き苦しい。
だからこそ私は、数字で表現できない、定量化できない思い出こそ、大切にしていきたいと思っています。
欲を言えば、そうした客観的な記述になじまない体験こそ、大切な誰かと共有していきたい。
結局のところ、その人個人の幸福を決めるのは、客観的な数字ではなく、その人の主観なのですから。
連休直前、締切りに追われながら、そんな妄想をしていました。
仕事に戻ります。