
刑事事件はあまりやらないんですが、ワケあって久しぶりに公判期日の対応をしました。
自白事件ですから、争点は専ら量刑です。
で、思うことはタイトルどおり。
人間誰しも不完全な存在ですから、誰だって過ちを犯します(犯し得ます)。
しかし、過ちを犯した後、その人がどう変われるのか。
やっぱりここが重要なわけで。
変わらない人というのは大勢います。
だからこそ、どの犯罪類型も再犯率というのは高いのです。
彼らはなぜ反省しないのか?
反省できないからです。
理由は色々とあります。
性犯罪や窃盗のように、半ば病的なものもあります。
その他に深刻な事情として、事実認識・評価の解像度が恐ろしく低いということが挙げられます。結構多いです。
こういう人たちというのは、自らが犯した間違いの重大性というものが、まるで分かりません。
もちろん、何となくは理解していますよ。
まずいことになったと。
罪を犯し、捜査機関にバレたから、自分は不利な状況に陥っていると。
しかし、自らが犯した罪の重大性というもの(一番重要な問題の核心)を、腹の底から自分事として理解していません。
性格が悪くて他責的になっているとか、そういう問題じゃないんです(そういう人もいますが)。
広い意味での知性が乏しいために、そんなことになるのです。
もちろん、いわゆる「なぜなぜ分析」ってやつを弁護人はやりますよ。被告人質問(いわゆる尋問)のリハーサル段階で。
罪を犯した原因と再犯防止の対策を考えるわけです。
そして、その成果を公判期日本番での被告人質問で披露しますよ。やらないと検察官から反対質問がくるから。
(蛇足ながら身も蓋もないことを言うと、反省とか再犯可能性とかっていう事情は、量刑を決める事情の中では比較的重要度が低いです。だから、弁護人としては、この辺りの事情の立証に注力しまくるということはありません。ドライに言ってしまうなら、反対質問や補充質問でどうせ質問されるから、一応準備しているだけです。例えば、被害者がいる事案であれば、示談できたか否か等の方がめちゃくちゃ大事です。)
ただ、再犯防止の観点から、この「なぜなぜ分析」とやらに本当に意味があるのか、私としては甚だ疑問ですけどね。
証言台に座る彼(彼女)だって、「なぜなぜ分析」の成果を披露し、ちゃんと反省の弁を述べていましたよ。
背もたれに背中をくっつけながらね。
だから彼(彼女)はまたやるでしょう。
これがラストチャンスと理解し、私の予想に反して更生してくれることを願うばかりです。