私は勝手にそう思っている。
①時代に翻弄された智者
②何を考えているか分からない
③賛否両論
という共通点があるからだ。
私は彼らの「わけのわからなさ」が大好きだ。
①時代に翻弄された智者
・慶喜
対諸外国、対朝廷、対薩長、対幕府、対水戸藩、ありとあらゆる対立軸に苦しめられ、運命に翻弄された悲劇の君主だ。
徳川家と皇族の両方の血を受け継いだスーパーサラブレッド。
父斉昭による熾烈を極めた英才教育。
その血統と環境が、智者・慶喜を育んだ。
しかし、血統と環境故に、弱点もまた慶喜は抱えていた。
例の敵前逃亡など、その最たるものと言えるだろう。
ほんの少し慶喜が生まれた時代や環境が違えば、日本の未来は全く違っていたかもしれない。
ロシアアヴァンギャルドの旗手として華々しくデビューした天才少年。
スターリン体制成立後は、社会主義リアリズムが奨励(強制)された。
前衛的な創作活動は全て御法度とされてしまう。
プラウダ批判やジダーノフ批判など、幾度も命の危機に直面しながら、創作を続けざるを得なかった。
②何を考えているか分からない
・慶喜
攘夷を巡る言動の変遷、優柔不断かと思いきや時折唐突に見せる強硬姿勢、開国施策や大政奉還に見られる人を食ったような奇策と弁論術、鳥羽伏見での敵前逃亡etc.
慶喜自身の思考は一貫していたのか、それとも単なる精神不安定だったのか。
その真意は測りかねる。
「マクベス夫人」で当局を怒らせ、プラウダ批判を受ける。前衛的な交響曲第4番の初演を撤回。社会主義リアリズムに転向した交響曲第5番や第7番で当局の機嫌をとる(ただし、これら諸作とて実は体制批判のメッセージが隠されているという評価もある)。第8番で再度当局を怒らせ、第9番で当局をさらに挑発する(スターリンはこのとき存命)。ジダーノフ批判を受けて、露骨な体制賛美の「森の歌」を発表。スターリンが死んだ1953年には、DSCH音型の署名・暗号を散りばめた怪作交響曲第10番を発表し、大論争を巻き起こす。親しい友人や家族にも本音を語らなかった人で、何を考えていたのか全く分からない。
彼の真意を記したとされる「証言」は、今では偽書と考えられている。しかし、同書では、「ラヨーク」などごく少数の知人しか知り得なかった作品について言及されている。全くの出鱈目本というわけでもなさそうなのが厄介だ。
③賛否両論
・慶喜
その優柔不断さや敵前逃亡、幕府を終焉に導いたこと等から、暗君と評する向きもある。
しかし、歴代将軍の中でも極めて聡明な人物だったとも言われる。
倒幕派からも「家康公の再来」と恐れられたほどだ。
歴代徳川将軍ランキングなど見ると、大抵、家康が一位だ。
二位・三位に吉宗か慶喜が挙がることが多いようだ。
演奏家や聴衆からの評価は極めて高い。
他方、現代音楽界隈では蛇蝎のごとく嫌われている(という印象がある)。
体制に阿って前時代的な作品を量産したというのが、批判陣営の大方の論調だと思う。
しかし、ショスタコーヴィチ作品の複雑な性格・ニュアンスに照らすと、あまりに短絡的な見方だと思う。
存命・有名な作曲家だと、藤倉大など、ショスタコーヴィチを手厳しく批判している。
しかし、彼の論評を見ると、60~70年前の西側知識人のような偏った古臭い意見としか思えない。