三善晃は、ドイツのヘンツェと並んで、私の好きな現代音楽作家だ。
両者とも、最先端の前衛グループとは一線を画し、アカデミックな派閥(と言うと何だか聞こえは悪いが)からの支持が特に厚かった人物だ。
ごく一部の過激派からは「悪しき権威の象徴」のごとく敵対視され、アカデミックな界隈からは神様のごとく崇拝された。
しかしながら、三善晃の作品に関しては、国内でこそ極めて評価が高いものの、国際的な知名度は低かったようだ。
あまつさえ、亡くなってから早十年。
その難解な作品群は、日本国内の合唱や吹奏楽界隈の人たちにこそ未だ馴染みはあるようだが、あとは日本国内のプロ奏者がごくたまに取り上げる程度だ(海外の有名な一流ソリストやオーケストラが三善作品を取り上げた話など、少なくとも私は聞いたことがない)。
演奏が難し過ぎるうえに、シリアス・晦渋な作品で一般知名度も低く、チケットの売上げも期待できないからだろう。
実にもったいない。
レクイエムなど途方もない傑作だと思うのだが。
また、非常に珍しいのだが、三善晃は一般的な意味での「わかりやすい」名作も残している。
高畑勲の熱烈オファーによって実現した、アニメ「赤毛のアン」のOPとEDである。
「赤毛のアン」の監督を務めた高畑勲は、プロデューサーらの反対を押し切り、現代音楽界の重鎮・三善晃への依頼に強く拘ったという。
(ちなみに、高畑勲も三善晃も、同世代の東大仏文科卒という共通点がある)
亡者の慟哭と絶叫をそのまま音楽にしたようなレクイエムに対し、夢見る少女の心の躍動と目眩く花畑が広がるような「赤毛のアン」の世界。
振り幅が凄過ぎる。
とても同じ作曲家が書いたとは信じられない!
「レクイエム」
「きこえるかしら」
「さめない夢」