〇概説
・「夫婦間でした契約は、婚姻中、いつでも、夫婦の一方からこれを取り消すことができる。ただし、第三者の権利を害することはできない。」(民法754条)
・上記取消権の行使について、消滅時効の適用はない。
∵「法は家庭に入らず」の法格言。
⑴ 情愛等により真に自由な意思決定ができない場合があること
⑵ 法による強制力の介入が夫婦の円満を妨げる場合があること
⑶ 夫婦の問題は法ではなく愛情・道義による解決が望ましいこと
等を考慮すべき、というのが立法趣旨であるといわれている。
〇(裁)判例
①契約時に婚姻関係が破綻していた場合は、取消しNG(判例)
・実質論
婚姻関係が破綻している場合、上記立法趣旨が妥当しない。
・形式論
条文中の「婚姻中」とは、単に戸籍上の婚姻関係がある場合をいうのではなく、婚姻関係が実質的に破綻せずに続いている場合を意味する(仮面夫婦は「婚姻中」には含まれない)と解釈。
②契約後に婚姻関係破綻に至った場合でも、取消しNG(判例)
※「立法趣旨⑴(情愛等により真に自由な意思決定ができない場合があること)を重視すれば、取消しを認めるべきじゃないの?」と思えるが、判例の立場はあくまで⑵と⑶を重視しているようだ。
③内縁関係の場合は、取消しNG(高裁レベルで判断あり)
∵婚姻関係と比較すると、相続権もなく、財産的保護が薄いことから、あえて民法754条を類推適用する必要はなく、むしろすべきではない(法による強制力の介入を認めるべき)。
〇論点
・婚姻関係が破綻している場合において、無責配偶者による契約取消しを認めてよいか(民法754条を適用してよいか。この点に関する裁判例は見当たらない。)。
・例えば、夫が妻に対し、財産を贈与した後、妻の不貞行為により婚姻関係が破綻した場合、夫による贈与契約の取消しを認めてもよいのではないかという問題。
・立法趣旨⑴(情愛等により真に自由な意思決定ができない場合があること)を重視すれば、取消しを認めるべき(民法754条を適用すべき)との解釈もあり得る。
・しかし、判例は、立法趣旨⑴を重視していないように読めることから、取消しは認められない(民法754条は適用されない)との帰結も十分に予想される。
・判例の射程が問題になるが、以下の判旨を素直に字義通り読めば、このようなケースにおいても、取消しは認められないという帰結になりそうだ(判例は「婚姻中」の解釈について、「かくかくしかじかの場合においては」などという限定を付しておらず、特に場合分けもしていない)。
※最判昭和42年2月2日民集21巻1号88頁
「民法七五四条にいう「婚姻中」とは、単に形式的に婚姻が継続していることではなく、形式的にも、実質的にもそれが継続していることをいうものと解すべきであるから、婚姻が実質的に破綻している場合には、それが形式的に継続しているとしても、同条の規定により、夫婦間の契約を取り消すことは許されないものと解するのが相当である。」
〇実務上の問題
・民法754条は空文化しているとの指摘もある(夫婦関係が円満な場合は、契約を取り消すことなどないため、この規定を使わないし、他方、破綻した場合は、上記のとおり、この規定は適用されないため、という考え方だ)。
・しかし、「夫婦関係が円満=契約トラブルが発生することはない」などと断言することはできない。また、夫婦関係破綻の立証は必ずしも容易ではない場合もある。
・そのようなこともあってか、夫婦間契約の公正証書化については、拒否する公証人が多い。
※参考
公証人法26条では、①法令違反、②無効、③制限行為能力取消しが想定される場合について、公正証書を作成してはならないとされている。
夫婦関契約は、同条が想定する場合には該当しないが、効力が覆る可能性のある書面に、公的な効力を付与することへの違和感・気持ち悪さがあるというのは、感触としてはよくわかる。作ったら手数料だってもらうから、後でトラブったら嫌だし。