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しっかり寝なさい

 

某新米弁(入所して1年8か月)が心配だ。

マジで心配だ。

 

我輩自身、まだまだ精進が足らんので、他人のことをアレコレ心配するような立場じゃないんだけども。

 

論理的思考力の欠如が甚だしいのだ。

 

これ、反省とか努力でなんとかなるものではないので、どうしたものかと心配でならない。

 

司法試験の順位は決して悪くなかったんだがなぁ。

 

先日、カンカンにブチ切れたボス弁(しょっちゅう新米弁を激詰めしてる)が、新米弁の作った書面(某事件に関して裁判所に提出する予定の意見書案)を我輩に見せてきた。

 

これが中々酷かったのだ。

 

彼とは殆ど一緒に仕事したことがなかったので、ここまでダメだとは知らなかった。

 

当該事案は、当方原告が相手被告に対し、報酬の支払を求めて、某県地裁にて訴訟提起したというもの。

 

争点「当方原告と相手被告との間で、義務履行地を東京とする合意が成立していたか」である。

 

(他にも争点は色々とあるようだが、新米弁が作成した意見書案は、この争点に関するものだった。)

 

ここでいう「義務履行地」というのは、相手被告が当方原告に対して報酬支払を行うべき場所のこと。

 

なぜこんなことが争点になるかというと、義務履行地を東京とする合意があったとすると、当方原告が某県地裁に提起した訴訟は管轄違い(民訴法4条1項、5条1号)ということになり、手続き東京地裁移送しなければならなくなるからだ(同16条)。

 

相手被告の主張

「原告が送付した請求書記載の振込先口座は◯◯銀行の『丸の内支店』となっている。」

「これは義務履行地を東京とする合意があったことを示している。」

というものである。

 

当方原告反論すべき内容を一言でいえば

「当方原告と相手被告との間で、義務履行地に関する合意はしていない

となる。

 

民法上、報酬債権の義務履行地について、契約当事者が何も合意していない場合、債権者の住所地が義務履行地となる(484条1項)。

 

当該事案についても、義務履行地に関する合意がなければ、義務履行地は当方原告住所地となり、某県地裁が管轄裁判所となる。

 

具体的事案に即していうならば、

・当事者間の契約書には義務履行地をどことする記載がなく、振込先口座の情報も記載されていないこと、

・電話、メール、口頭、その他いかなる方法によっても、義務履行地をどうするという協議は当事者間で行われていないこと、

・当事者間にこれまで継続的な取引関係はなく、今回が初の取引であったこと、

・原告が請求書を送付しても、被告は支払を拒絶し、指定口座に一円たりとも入金しなかったこと、

等々の事情を適切に評価し、説得的な論理展開をする必要がある。

 

ところが、新米弁の意見書案では、これらの事実の記載が甚だ不十分なうえ、記載した事実に対する評価・理由付けの記載も全くなく、「請求書で丸の内支店の口座と指定しても、義務履行地について合意したことにはならない」などと安易に断じているのである。

 

それだけではない。

致命的なのは以下の記載だ。

 

「『銀行振込は、義務履行のための一つの方法に過ぎず、本来の義務履行地はこれにより左右されるものではない』(大阪高決平10・4・30判タ998号259頁)から、原告による支払先口座の指定は、持参の方法による支払いのために定められるものにすぎない。」

 

まず、記載内容の意味が全くわからない

阪高裁がどういう文脈で上記判示をしたのかがわからないし、新米弁が結論として何を書きたいのか、結論を裏付ける理由は何なのか、何から何まで全くもって意味不明である。

 

意味不明なだけならまだいい(良くないけど)。

 

更に始末に終えないのは、引用している裁判例が、本件に無関係か、ややもすると当方原告側に不利な内容だということだ。

 

判例を調べてみて驚愕してしまった。

 

引用裁判例では、原告の給与の振込先が、原告住所に近いさくら銀行甲南支店となっていたことを一つの根拠として、義務履行地は原告住所地であると認定されている。

 

「振込先口座の支店の場所=義務履行地」と認定されているのであり、この点を重視して見れば、本件では「振込先口座は『丸の内支店』=義務履行地は東京」となるので、当方原告には不利な内容の裁判例ということになる(ただ、このケース、本件と事案・事情がかなり違うようなので、当方に不利な裁判例ではなく、単に無関係な裁判例ということになるとは思うけど)。

 

では、新米弁が引用した

「銀行振込は、義務履行のための一つの方法に過ぎず、本来の義務履行地はこれにより左右されるものではない」

という判示は、一体何だったのか

 

これ、被告側が「被告は原告に対する給与振込の手続きを、◯◯銀行の被告本店最寄支店で行っており、これにより義務を履行しているのだから、被告本店所在地が義務履行地だ」と主張したのに対し、この主張を切るための理屈として、裁判所が判示したものなのである。

 

すなわち、裁判所の言わんとするところは、

・被告が送金手続を行っただけでは、義務履行を完了したとはいえない。

・指定口座(原告が指定した支店の口座)に着金して初めて義務履行が完了したといえる(だから、被告の指摘は前提にそもそも誤りがある)。

・給与支払という義務履行をするために、銀行振込の方法を用いること(被告本店所在地の銀行で送金手続きをすること)は、「義務履行のための一つの方法に過ぎず」、どこで送金手続きをするかによって義務履行地が決まるわけではない。

ということなのである。

 

新米弁が引用した場面とは、文脈がまるで違うのだ。

 

新米弁は、安直にも「銀行振込」「本来の義務履行地はこれにより左右されるものではない」との判示に飛びついて、全くもって不適切な引用を行い、判示を理解していないがために、意味不明な主張を展開していたのである。

あまつさえ、引用したのは当方に不利になるかもしれない裁判例という始末。

 

我輩が上記諸点を指摘し、ボス弁が激詰めし、彼は意見書案を全面書き直ししたようだけども、どれだけ事の重大さを理解しているのだろうか。

 

彼、我輩の言ってることをどこまで分かってるのかしら。

 

マジで心配だ。

これじゃあ何も任せられないぜ。

任せたくないぜ。

 

疲れてたからとか、そういう理由じゃとても説明のつかない大チョンボだと思うぞ。

 

ただ、このお粗末な論理的思考力で司法試験に中上位合格なんてとてもできないだろうし、う〜ん。

 

 

きっと寝不足なんだろう。

うん、そうに違いない。

 

とりあえず、これからは早く帰りなさい!

しっかり寝ろ!

話はそれからだ!

 

 

※この連載はフィクションです。実在の人物、団体及び事件等とは何ら関係がありません。