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雑記:敷金返還債務と相続

◯事案の概略・前提

被相続人、某土地・建物を所有。

被相続人、某建物の賃貸を開始。

・賃借人、被相続人の預金口座に敷金300万円を入金。

被相続人公正証書遺言により、某土地・建物を、依頼者に遺贈。

・また、同遺言により、預貯金を、法定相続人であるAに相続させる。

被相続人、死亡。

・依頼者、新たな賃貸人として、賃貸借契約を締結し直す。

・翌年には、依頼者、賃貸借契約を解除し、敷金を賃借人に返還する予定。

(※なお、A、依頼者らに対し遺留分減殺請求、現在も係争中。)

 

◯依頼者の質問・要望事項

・Aに対し、300万円の支払を請求したいが、可能か。

・翌年には、敷金300万円を賃借人に返還する必要がある。

・しかし、敷金300万円は、Aが相続した口座に入金されている。

 

◯参考裁判例

・大阪高判令和元・12・26判タ1474号10頁(原審:大阪地判令和元・7・31判例時報2460号73頁)等か。

・これら裁判例の事案で、原告である賃借人は、賃貸人の法定相続人の一人である被告に対し、被告が法定相続分割合に応じて敷金返還債務を負っていること等を主張して、敷金の一部返還請求を行っていた。

・請求棄却。

・理由(敷金返還義務は、建物を取得した新賃貸人が負担すべき)

・・敷金は、賃貸人が賃借人に対して取得する債権を担保するものであるから、敷金に関する法律関係は賃貸借契約と密接に関係し、賃貸借契約に随伴すべきもの
・・賃借人が旧賃貸人から敷金の返還を受けた上で新賃貸人に改めて敷金を差し入れる労(は看過できないこと)、
・・旧賃貸人の無資力の危険から賃借人を保護すべき必要性、
・・賃借人にとって賃貸人の相続人を探索することの労は看過できないこと、
・・賃貸人以外の相続人の無資力の危険を賃借人に負わせるべきではないこと、

 

◯検討メモ

・裁判例上は、賃借人による、旧賃貸人の法定相続人に対する敷金返還請求が否定されたにすぎない。

・本件とは事案が異なる。

・本件で問題となるのは、新賃貸人による、旧賃貸人の法定相続人に対する請求。訴訟物は敷金返還請求権ではない。

・構成としては、不当利得返還請求権になるか。

・賃借人との関係では、新賃貸人たる依頼者が300万円を返還する義務を負うことになる(上記大阪高裁等)。

・しかし、敷金300万円は、被相続人固有の資産ではなく、賃貸人たる被相続人の債権を担保するための預り金にすぎず、賃借人への返還が予定されているもの。

・依頼者が敷金返還義務を負担する一方、Aは本来返すべき敷金300万円を手元に置いておけるので、Aは依頼者の損失のもと300万円の利益を得ていることになる。

・問題は、このAの利得が、法律上の原因のない利得に該当するか。

被相続人が遺言により「Aが預貯金をゲットする」旨取り決めたという点を重視すれば、Aの利得は、被相続人の遺言に基づくものであるという意味で、法律上の原因ありともいえそう。

・しかし、前述のとおり、敷金は、預り金であって、被相続人固有の資産ではない。遺言に記載できるのは、誰が敷金を取得するかではなく、敷金を賃借人に返還するときに、相続人らの誰がどう負担するか(賃借人に対しては新賃貸人が支払うとしても、相続人同士の内部的な負担割合等の処理をどうするか)といったことに尽きるのではないか。

・そう考えると、「Aが預貯金をゲットする」旨しか書かれていない本件の遺言には、敷金の処理について何ら記載されていないものと解釈すべきではないか。その意味で、敷金を手元に置いておけるというAの利得には、遺言による取り決め等の法律上の原因がない、ともいえそう。

 

※ただ、某建物を依頼者に遺贈するという遺言の中に、「賃貸人としての義務(敷金返還に要する経済的な負担も含む)は全部あんたが負担しなさいよ」という被相続人の意思を読み込むこともできそう。そうすると、やっぱり法律上の原因ありとして、請求棄却になってしまうか。

 

※「無理じゃね」という意見多し。