弁護士法人フィクショナル・公式ブログ(架空)

架空の国の架空の弁護士によるブログ

「これ書きますか?」

手形法では、手形に記載する内容に関し、以下の4つに大別して考える。

・必要的記載事項

・有益的記載事項

・無益的記載事項

・有害的記載事項

の4つだ。

 

有り体に言えば

・「絶対に書かないとダメ!」

・「書いたら有効(有利)」

・「書いても意味ない」

・「絶対に書いちゃダメ!」

である。

 

手形に限らず、その他の法律文書を書くときも、これを意識する法律家は多いと思う。

上記4つの他に強いて加えるなら、「書いたら不利」もある(※)。

 

(※厳密なことを言うと、本来「有益的記載事項」とは、有利・不利を問題にする概念ではない。有利・不利問わず、記載することで何らかの効力が発生する事項を意味する。)

 

一般化するとこんな感じか。

①「絶対に書かないとダメ!」

②「書いたら有利」

③「書いても意味ない」

④「書いたら不利」

⑤「絶対に書いちゃダメ!」

 

このうち①と⑤は比較的分かりやすい。

というか、法律ではっきり定められているので、あまり議論の余地がない。

 

①「絶対に書かないとダメ!」

例えば、個人根保証契約については、書面(又は電磁的方法)により極度額について定めなければ、契約は無効となってしまう(民法465条の2第2項、同3項、446条2項、同3項。令和2年民法改正による変更。)。

また、裁判所に提出する訴状においては、請求原因を遺漏なく記載しなければならない(民訴法134条2項2号)。遺漏がある場合には、裁判長が補正を命じ(同137条1項)、これに従わないと、訴状却下となってしまう(同2項)。

 

⑤「絶対に書いちゃダメ!」

侮辱、名誉毀損、脅迫、威力・偽計業務妨害(例:犯罪予告等)に該当するような文言を記載することは、それ自体が犯罪を構成してしまいアウトである。当たり前だけど。

 

これらについてはあまり議論の余地はない。

弁護士複数人体制で仕事していて問題になるのは、大半が②~④だ。

同じ事柄であっても、弁護士によって「書いたら有利」、「書いても意味ない」、「書いたら不利」の判断が分かれることがある。

「そんなことあるの?」と思われるかもしれない。

それがあるのだ。

一つの事柄について、その意味合いは複数の切り口から評価できるし、複数の法律が適用されることがあるからだ。

 

前置きが長くなってしまうが、例えば、発注者が施工業者への報酬支払を拒否しているケースを考えてみよう。

発注者と施工業者との間で、基本契約が締結された後、継続的な取引関係が築かれ、何度も個別契約が締結された事案だ。

基本契約を書面で交わした後、個別契約の発注に際しては契約書は交わされなかった。

よくあるケースだ。

個別契約に関する相互の認識の食い違いにより、報酬不払いが発生しているのだ。

 

この種のケースでは、往々にして、発注者と施工業者との間に、施工・監理者等の第三者が介入している。

施工・監理者が発注者の要望を聞いて、施工業者に色々と作業指示を出すのだ。

このやりとりの過程で、行き違いが生じることがある。

 

上記のようなケースでは、施工業者は、発注者が施工・監理者を使者として、個別契約を締結したなどと主張することがある。

使者とは、独自に判断権を持たない「伝書鳩」のような存在をさす法律用語だ。

発注者が決定した事柄を、機械的に伝達する立場でしかないということだ。

施工業者としては、発注者の使者である施工・監理者の指示に従って対応した(個別契約を締結した)のだから、約束通り報酬を払ってくれ、というわけである。

 

発注者本人としては

「発注者が素人であるのに対し、施工・監理者は専門家なんだから単なる伝書鳩なわけがないだろう!」

と主張したいようだ。

発注者から依頼を受けた弁護士としては、この主張を書面に書くべきだろうか?

(長い前置き終了)

 

・弁護士Aの意見

専門家が単なる伝書鳩なわけないんだから、施工・監理者が使者であるという主張をつぶすためには、発注者本人の言い分は②「書いたら有利」な事情だ。

 

・弁護士Bの意見

④「書いたら不利」になるかもしれない。

「発注者が素人」で「施工・監理者は専門家」ということは、発注者は施工・監理者の専門的な判断を期待して、様々な取次ぎを任せたことを意味する。

一定の法律行為(契約締結等)について代理権があったと認定されてしまう可能性がある。

そうすると、越権行為が行われても、施工業者としては知りようがなかったとして、表見代理民法110条)を主張されてしまう(施工業者が主張するとおりに個別契約の締結が認定され、報酬を全額支払わなければならなくなる)のではないか。

 

・弁護士Cの意見

③「書いても意味ない」でしょう。

結局のところ、本件では、個々の工事内容や報酬設定について、発注者が承諾していたかどうかが問題になる。

単に、施工・監理者から、必要十分な取り次ぎがなされなかったため、個々の工事内容やその必要性は認識できなかったし、報酬についても自分のあずかり知らないところで勝手に話しが進んでしまったなどと主張すれば、反論としては十分でしょう。

「発注者が素人」だとか、「施工・監理者は専門家」という事情は、記載する必要がありません。

 

・・・・・・

 

書き出すとキリがないので、この辺でやめておきます。

 

あとついでに書いておくと、③「書いても意味ない」というのも、法的な意味合いだけでなく、営業的な意味合いで問題になることが多々ある。

法的には書いたところで何の意味もないが、書いたら「よくぞ言ってくれた!」という具合に依頼者の溜飲を下げる効果が期待できる場合がある。

先ほどのケースでも、弁護士Aは「依頼者が喜ぶんだから、書こう!」と食い下がることが考えられるわけです。

(この後、弁護士Bが「法的に意味のない主張を延々と書くと、裁判官への印象が悪いですぞ!」「④「書いたら不利」ですぞ!」と諫める様子が容易に想像できる。。。)