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弁護士の判決ねつ造

弁護士の阿部士義信です。

 

先日、大坂弁護士会所属の男性弁護士に対し、有印公文書偽造・同行使の罪で、懲役1年6か月・執行猶予3年の有罪判決が言い渡されました。

 

内容としては、依頼者から離婚訴訟を提起するよう求められていたのに、長らく放置していたことから、これを隠すため、家裁や高裁が言い渡したという体裁で虚偽の判決文を5回パソコンで作成し、依頼者にファックスで送ったり手渡したりしたという事件のようです。

 

突っ込みどころが多すぎます。

 

弁護士の使命は、基本的人権の擁護と、社会正義の実現です(弁護士法1条)。

にもかかわらず、件の弁護士は、その職務を放棄するにとどまらず、法曹としての専門知識を利用し、これに真っ向反する行動をとってしまったわけです。

依頼者の方が受けた被害を思うと、同じ弁護士としてやるせない気持ちになります。

弁護士全体に対する社会の信頼を失墜させる行為でもあり、断じて許されるものではありません。

 

そもそもですね、

 

ここは同業者として強く指摘したい点なのですが、

 

 

判決文を5回偽造するより、訴状を1回作る方が早いし楽じゃない?

 

 

判決文の構成って、一般的には、①主文、②当事者の請求、③事案の概要、④前提事実及び争いのない事実、⑤争点、⑥争点についての当事者の主張、⑦当裁判所の判断といった具合です。

 

他方、訴状の構成は、⑴請求の趣旨、⑵請求の原因だけです(これに加えて⑶関連事実というのを書くこともあります)。

 

書く項目の数だけでも、判決文は7つ、訴状は2つか3つ。

 

判決文を書く方が遥かに大変なのです。

それはそうでしょう。

訴状は訴訟のスタート段階で出される書面です。

他方、判決文は、訴状の他に、原告と被告が提出した全ての書面の内容について、裁判官の検討結果が記載されているのです。

そりゃあ判決文を作る方が大変に決まってます。

 

本物に似せて作るのはかなりの手間です。

おそらく、件の弁護士は、判決文を偽造するにあたり、通常の判決文よりも、大幅に構成や中身を薄くしたのだろうと考えられます。

 

でも、「あ~判決文っぽくしつつも、作る手間は軽くしたいな~。どの部分を削ろうかな~、どの部分を書こうかな~。」とか考えてる時間があったら、訴状を書きなさいよ。

 

書くこと、考えることなんて、ほとんど被るんだから。

 

離婚の訴状なんて、最低限の内容で書けば3頁程度ですよ。

書く内容をぐっと絞れば、初回の打合せ時に聴き取った内容をもとに、20分程度で書けてしまいます。

 

極端な話、⑴請求の趣旨(求める裁判の内容)は「原告と被告とを離婚する」と記載するだけでもOKなんですから。

 

⑵請求原因(請求の趣旨を基礎づける理由)についても、当事者の情報婚姻関係が破綻している事情等をごく簡単に書いておけば、訴訟提起段階であれば問題ありません。

 

本来は、証拠書類や証拠説明書も作成する必要があります。

ただ、訴訟提起段階では「口頭弁論期日で随時提出予定である」と書いておいても問題ありません。

たまにそういう訴状も見かけます。

 

離婚以外に、慰謝料請求等何らか他の請求を行う場合もあるでしょう。その場合でも、とりあえず離婚請求だけ先行して訴訟提起するということも可能です。後から請求の拡張という方法をとることができますから。

 

また、請求を基礎付ける主張について、複雑・詳細な事情を盛り込みたければ、追って準備書面として後日に提出すれば良いだけのことです。

 

依頼者から「訴状にもっと色々書く必要はないんですか?」と質問された場合には、「まずは相手の出方をうかがった方が良いかと存じます。」などと説明しておけば大丈夫でしょう。

それがメインの理由じゃないにしても、本当にそういう理由もあるなら、少なくとも嘘にはなりませんから。

 

なお、通常の民事訴訟の場合、請求や主張の後出しは、時機に遅れた攻撃防御方法として、却下されることがあります(民事訴訟法157条)。実務上、却下されることはごく稀ですが。

もっとも、離婚訴訟の場合、民事訴訟法157条は適用されません(人事訴訟法19条)。

したがって、請求や主張の後出しが却下される心配はありません。事実上、裁判官の心証が悪くなる可能性もゼロではありませんが。

 

※当法人は、決して「お手軽訴状」を推奨しているわけではありません。コンパクトな訴状の方が好ましいか否かは、ケースバイケースでしょう。あくまで、「判決文を偽造するよりは遥かにマシでしょ」という趣旨で「お手軽訴状」について書いております。念のため。

 

あれこれ検討してみても、判決文を偽造する方が、訴訟提起よりも手間暇がかかるとしか思えません。

なぜ件の弁護士がそんなことをしてしまったのか、非常に気になるところです。

考えられるのは、裁判日当等の弁護士費用を依頼者から騙し取るためでしょうか。

ただ、仮にこうした弁護士費用を請求していたのなら、詐欺(未遂)でも起訴されているはずです。金銭詐取目的ではなく、本当にただ案件放置の誤魔化し目的だったのかもしれません。

あるいは、詐欺(未遂)については、依頼者との間で示談が済んでいて、被害届が出されなかった(取り下げられた)、だから起訴されなかったという可能性も考えられます。

公文書偽造に関しては、裁判所や弁護士会の沽券にかかわる問題ですから、依頼者以外の第三者(機関)が告訴・告発した、だから起訴されたということかもしれません。

これなら説明がつくような気がしてきます。完全なる憶測ですが。

 

この事件に関し、職業倫理から出てくる怒りとは別に、同じ弁護士として出てくる率直な感想は「あぁ事件処理はとにかく早く着手しないとな」というかんじです。あぁ怖い怖い。

訴訟提起となると、つい時間を置いちゃうことってあるんですよね。

証拠書類や必要書類の取り寄せとか、請求・主張の吟味だとかで。

いざ訴訟提起さえしてしまえば、あとは裁判所主導で事件処理のスケジュールが決まっていくので、それに沿って仕事すれば良いんですけどね。

 

私も、時間がかかっている案件をどんどん進めて行かなければ。

明日は我が身と思って。こんな酷いことは絶対にしませんが。

今回の一件を反面教師として、より一層気を引き締めて業務に励んで参る所存です。

 

 

 ※この連載はフィクションです。実在の人物、団体及び事件等とは何ら関係がありません。