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空想怪事件簿File No.2【プロタゴラスのパラドックス】

【事案の概要】

古代ギリシャプロタゴラスというソフィスト(弁論術師)がいた。

あるとき、プロタゴラスは、貧しいが有能なある学生に対し、以下の条件のもと、無料で弁論術を教えることにした。

「学生が弁論術を無事に学び終えて、一番最初に関わった裁判に勝ったら、学費を全額支払う」というものだ。

その後、学生は無事に弁論術を学び終えた。

ところが、学生はいつまで経っても裁判の仕事をしようとしなかった。

しびれを切らしたプロタゴラスは、学生を被告として、学費を請求する訴訟を提起した。

裁判でのプロタゴラスの主張はこうだ。

「学生は私のもとで弁論術を学び終えた。そうであるにもかかわらず、裁判の仕事をせず、学費を支払おうとしない。これは約束違反だ。この裁判で学生が敗訴すれば、判決に従って彼は学費を支払わなければならない。また、この裁判で学生が勝訴すれば、彼は最初の裁判に勝ったことになるので、最初の約束通り、学費を支払わなければならない。」

このプロタゴラスの主張によれば、裁判の結果如何に関係なく、学生は学費を支払わなければならないということになる。

他方、学生はこう反論した。

「この裁判に私が勝訴すれば、法にのっとって学費を支払う必要はない。また、この裁判で私が敗訴したとすれば、最初の裁判に勝っていないので、最初の約束通り、学費の支払義務を負わないことになる。」

この学生の反論によれば、裁判の結果如何に関係なく、学生は学費を支払う必要がないということになる。

【問題】

1.この裁判に勝つのはプロタゴラスと学生のどちらか(本件に消費者契約法は適用されないものとする)。

2.この裁判の結果如何によって、学費の支払義務はどうなるか。

【検討】

1.この裁判に勝つのはプロタゴラスと学生のどちらか(本件に消費者契約法は適用されないものとする)。

プロタゴラスと学生との間で交わされた約束(本件契約)の有効性が問題となる。

契約が有効といえるためには、①確定性、②実現可能性、③適法性、④社会的妥当性の4つの要件を満たす必要があると考えられている。

①確定性の要件とは「いかなる場合に誰の誰に対するいかなる権利又は義務が発生するか」が確定していることをいう。

本件契約は、その内容を解釈しようとすると、上述したパラドックスが生じてしまう(裁判の結果如何に関係なく、学費を支払う義務があるという結論も、義務がないという結論も、いずれも正しいと解釈できてしまう)。

「いかなる場合」に「いかなる権利又は義務が発生するか」確定していないものと言わざるを得ない。

したがって、本件契約は、①確定性の要件を充足せず、無効と考えられる。

また、本件契約は、④社会的妥当性の要件も欠くと考えられる。

プロタゴラスの主張する契約解釈を許容してしまうと、今後、プロタゴラスは、他の学生達に対し、同様の契約を締結したうえで、片っ端から訴訟を提起して、裁判の結果如何に関係なく、学費の支払を請求できることになってしまう。

プロのソフィストと素人の学生との間には、当然、交渉力や契約知識に大きな差がある。

プロタゴラスの主張する契約解釈を認めてしまうならば、「自分の頑張り次第で学費が免除される」と信じて契約した素人学生達が騙される・高額な学費を搾取されるという事態を招くことにもなりかねない。

こうした観点から、本件契約は④社会的妥当性の要件を充足しないと考えることができる。

したがって、本件契約は①確定性、④社会的妥当性の要件を充足せず、無効である。

本件契約が無効である以上、プロタゴラスの請求には根拠がなく、学生が勝訴することになる。

ところで、プロタゴラス側の援護射撃として「本件契約に基づく学費支払いは、いわば『出世払い』と同様に考えられる。日本の(裁)判例では『出世払い』は『出世するか、出世しないことが明らかになった時に支払う』という不確定期限の合意と判断するケースが多い。本件も『最初の裁判の結果が出る頃まで支払いを猶予する合意』と解釈すべきだ。」と反論することが考えられる。

しかし、「出世払い」を不確定期限と判断した(裁)判例の事案の多くは、合理的意思解釈を通じて契約内容を確定する作業が必要となる素人間の契約である(合理的意思解釈とは、意思表示の内容が一義的に明らかではない場合に、その表示内容(契約内容)を客観的な事実から合理的に確定させることをいう)。

他方、本件契約は、法律のプロたるソフィストが関与した契約である。

合理的意思解釈を通じた契約内容(それも契約の核心部分)の確定作業が必要となるようであれば、本件契約を考案したプロタゴラスは法律のプロ失格というべきである(文字面を見ても内容が分からない「お粗末」な契約を交わしたということに他ならない)。

そのような低レベルのソフィストのもとで指導を受けたとして、果たして学生は「弁論術を無事に学び終え」たといえるのだろうか?

プロタゴラスの指導は、授業料を支払うに値するものなのだろうか?

プロタゴラスの請求はどうにも分が悪いと言わざるを得ない。

2.この裁判の結果如何によって、学費の支払義務はどうなるか。

学生は最初の裁判に勝訴したことになるが、本件契約が無効である以上、プロタゴラスに対して学費を支払う必要はない。

プロタゴラスは「タダ働き」をさせられたことになるが、プロのソフィストとして、素人の学生に対し契約内容を打診し、契約締結した以上、契約無効のリスクは当然プロタゴラスが負うべきである)