最近「美味しんぼ」のアニメをNetflixで少しずつ観ている。
子供の頃にチラッと観た他、昔ニコニコ動画のMADを見てネタ枠として笑う程度だった。
改めてちゃんと観るとしっかり面白い。
昭和末期の日本の雰囲気がまた良い味を出している。
海原雄山のモデルが北大路魯山人だというのは知識として知っていた。
しかし、改めて観ると「指揮者のチェリビダッケもモデルなのでは?」と思えてくる。


ピチッとまとめたややロン毛の髪型に、恰幅の良い体格。
そして何より妥協のない厳しい性格、毒舌ぶり、哲人ぶり、名言製造機ぶり。
実際、チェリビダッケの人柄、経歴、言動は創作キャラのようなそれっぽさで溢れている。
・フルトヴェングラーの後継者と目されながらも、その厳しすぎる言動と態度が災いし、ベルリンフィルと喧嘩別れ。首席指揮者の座をカラヤンに奪われている。大統領の要請により、38年ぶりにベルリンフィルに登壇するも、それが最後の共演となった(何とも気まずい雰囲気のリハの様子と、顔を歪めながら指揮する本番の様子が映像で残っている)。
・リハがめっちゃ厳しい。いわく「私は“練習の鬼”である。しかし“練習好き”ではない。ただ間違った音が聴こえることに耐えられないだけだ。」と。読響と共演した際の初回のリハなど、チューニングだけで数十分使ったらしい。
・録音嫌いとして知られた。いわく「レコードは自慰と同じ、欲望の代替品」。私の音楽が聴きたければミュンヘンまで来いと(ただし、録音もそれなりに残している)。
・オペラも嫌い。いわく「内容空疎で間違った芸術のならずもの」、「アイラブユーを千回言ってるだけ」(ただし、序曲集や抜粋の録音は一応残している)。
・同業者への毒舌ぶりが凄まじい。
いずれもCV大塚周夫で脳内再生余裕。
(記憶も交えて書いてるので、言い回しやニュアンスなどの正確性には自信なし)
カラヤンについて「大衆を夢中にさせる術を心得ている。コカコーラもしかり。」
ベームについて「これまでただの1小節たりとも音楽というものを指揮したことのない男」
クナッパーツブッシュについて「ジャガイモ袋」
トスカニーニについて「音楽などまったく響かせず、音符だけを鳴らした唯一の指揮者。純粋な音符工場。無知蒙昧。」
サヴァリッシュについて「高校の校長といったところ。音楽家ではない。メゾフォルテの男だ。イタリアでは長距離専門アスリートのことをメゾフォルテと呼ぶ。」
クーベリックについて「誰もが肩を並べられると思える唯一の指揮者」
ショルティについて「ピアニストとしては優れているが、指揮は下手くそ」
ムーティについて「才能はあるが、恐ろしく無知」
マゼールについて「カントを語る2歳児」
ブーレーズについて「リズムが機械的なものと理解すれば、それがブーレーズ」
アバドについて「全く才能のない男。何も食わずとも3週間くらい生きられるだろうが、ヤツのコンサートを3時間も聴けば心筋梗塞を起こす。」
クライバーについて「私にとって我慢ならない指揮者だ。彼の狂ったようなテンポでは音楽的な体験などできはしない。クライバーは神聖な響きのわきをすり抜けていく。それは悲劇的なことだ。彼は音楽とはなにか一度も体験したことはない。」
アメリカ人指揮者について「アメリカに本当に優れた指揮者はまったくいない、と私が言えば、それは侮蔑ではなく、意識下でまどろんでいる、ある不愉快な真実をあからさまにしただけのことだ」
(ただし、バーンスタインの訃報に接した際には「彼と私は長年書簡を交わしてきた。彼は真の天才だった。彼は亡くなるにはあまりにも早すぎた」とも語っている。要するにツンデレ。)
・作曲家、作品、音楽一般についても名言の宝庫なのだが、ここには書ききれない。
・毒舌ばっかりでなく、褒める時は褒めちぎってる。
同業者ではフルトヴェングラーがその筆頭。とにかく崇拝しまくり。
色物と思われがちなストコフスキーのことも意外に褒めてる。
シューリヒトのことも尊敬していたらしい。
ピアニストのミケランジェリやクララ・ハスキルのことも褒めてる。
作曲家ではチャイコフスキーとブルックナーを激賞。
ネタ的な放言だけでなく、含蓄のある哲学的な名言もいっぱいあるのだが、気が向いた時にでもまた。