他の弁護士や修習生、学生の方を見ていると、特に強く感じます。
「言葉は道具である」と。
リーガルマインド(法適用の判断能力)は優れているのかもしれない。
しかし、言葉で表現するとなると、上手くいかない。
はたから見ると、リーガルマインドに問題があるのか、言葉に問題があるのか、区別がつきません。
言葉を道具として考えることには、大きなメリットがあります。
思考の誤りや問題点が明確になるというメリットです。
法律の意見書を例に考えてみましょう。
出来損ないのロクでもない意見書です。
大まかに考えると、二つの問題が考えられます。
①法的に誤った内容が書かれている等
②文章が下手で何が書いてあるか理解できない、論理的に矛盾している等
明晰な言葉でもって書いてあれば、②の問題は発生しません。
「他人は自分の考えを分かってくれない」をデフォルト・原則と考える。
だからこそ、言葉を練るのです。
推敲するのです。
言葉という道具を駆使するのです。
そうすれば、問題は①に集約されます。
また、明晰に書いていれば、①のどこに誤りや問題があるのか、検証が容易になります。
(続くかも)