弁護士法人フィクショナル(架空)

架空の国の架空の弁護士によるブログ

言葉とは道具である②

他の弁護士や修習生、学生の方を見ていると、特に強く感じます。

「言葉は道具である」と。

リーガルマインド(法適用の判断能力)は優れているのかもしれない。

しかし、言葉で表現するとなると、上手くいかない。

はたから見ると、リーガルマインドに問題があるのか、言葉に問題があるのか、区別がつきません。

 

言葉を道具として考えることには、大きなメリットがあります。

思考の誤りや問題点が明確になるというメリットです。

法律の意見書を例に考えてみましょう。

出来損ないのロクでもない意見書です。

大まかに考えると、二つの問題が考えられます。

①法的に誤った内容が書かれている等

②文章が下手で何が書いてあるか理解できない、論理的に矛盾している等

明晰な言葉でもって書いてあれば、②の問題は発生しません。

「他人は自分の考えを分かってくれない」をデフォルト・原則と考える。

だからこそ、言葉を練るのです。

推敲するのです。

言葉という道具を駆使するのです。

そうすれば、問題は①に集約されます。

また、明晰に書いていれば、①のどこに誤りや問題があるのか、検証が容易になります。

(続くかも)