「わかりやすさ」とは何なのか。
未だによくわかりません。
ただ、一つ確からしいことがある。
どんな場面で、誰が、なぜ、何を知りたいのか。
状況次第で「わかりやすさ」の意味も変わってくるだろうということだ。
法的紛争の場面で、私(弁護士)が、善後策を検討するため、事実関係を知りたいという状況の場合、時系列表というものを作ることが多い。
裁判官も必ず時系列表を作るそうだ。
私の場合
①日時の列(◯年◯月◯日など記載する)、
②言動の列(その日に誰が何をしたかなど記載する)、
③証拠の列(その日に作られた契約書等の証拠について記載する)、
④備考の列(言動や証拠が残された理由や背景事情等を記載する)
を表にする。
これが面倒臭い。
しかし、時系列表は非常に重要だ。
感覚的な話ではない。
法的紛争では、(専門用語になってしまうが)時的因子や時的要素というものが重要な意味を持つことが多い。
その前後が入れ替わることで、全く局面が異なってくる場合もあるし、「これは矛盾ととられないか?」といったこちらの弱点が明らかになることもある。
ただ、繰り返しになるが、時系列表を作るのは面倒臭い。
「依頼者や事務局に作ってもらえばいい」かというと、そういうわけにもいかない。
なぜなら、依頼者や事務局には、何が重要で、何が瑣末かということは、必ずしも分からないからだ。
重要な事柄が抜け落ち、瑣末な事柄が大量に記載された時系列表など、残念ながら何の役にも立たないのだ。