弁護士法人フィクショナル(架空)

架空の国の架空の弁護士によるブログ

もうAIに支配されている

近い将来じゃなくて、今、もう、既にAIは私を支配しています。

三文SF小説みたいな世界が、こんなにもぬるっと地味な感じで到来するとは。2020年のコロナ流行とかも完全にAKIRAの世界でしたけどね。

AIの導入により、書面の質や作成効率は明らかに向上しました。

AI単体でゼロからまともな成果物を作ることはまだできませんが、壁打ちには最適なパートナーなのです。

相手は人間ではありませんから、気を遣う必要はなく、空気を読む必要もなく、いくらでも指示・議論ができます。

もうAIを手放したくないです。

でも、良いことづくめではありません。

ChatGPTやらGeminiやらClaudeやら、規格戦争が終わってデファクトスタンダードが定まったら、たぶんとんでもなく利用料は跳ね上がるでしょう。

まだ現状は先行投資期間かつ規格戦争中なので、学習・データ収集の側面も兼ねて、格安で利用できてますけどね。

先行投資したお金の回収フェーズに入ったら、えげつない利用料を取られるでしょう。

私の仕事がAI依存になれば、そのぶん経費がかさんでいくことになります。

それだけではありません。

AIの回答レベルが向上していき、リーガルサービス提供に関する規制も緩和されたら、私は廃業を余儀なくされるかもしれません。

そこまで行かなくとも、減収という事態は十分に考えられます。

加えて、歳を取っていけば体力・気力も衰えていきますから、ある時点以降、私の人的資本の価値は目減りしていく一方になるでしょう。

ですから、今のうちに金融資産を育てる必要があります。

私の労働に価値が認められているうちに働き、稼いだお金は投資に回し、将来的に運用益だけで食えていけるよう、仕組み作りを進める必要があるわけです。

人的資本から金融資産への漸次的バトンタッチです。

あまつさえ、インフレ時代ですから、ハイリスクなアセットの比重を増やさねばなりません。

最もハイリスクなアセットは株式です。

ですから、株式(株式投資信託)に相当なお金を投じる必要があるわけです。

しかしですよ、ここでもAIが市場を振り回しているわけです。

今の相場はAIバブルと言われています。

テック企業が回収フェーズに移行し、AI利用料がかさみ、AI失業も進行していき、負の側面が大きくなれば、かつてない暴落を迎えると予想されています(片山晃氏など「今回はそこまでもうすべて決まっている」と断言していますね)。

ここまでの内容を整理すると、

・私の仕事はAI依存になりつつある。

・しかしながら、同時に、私の人的資本の価値はAIによって目減りしていく未来が待ち受けている。

・だからこそ、人的資本から金融資産へのバトン移行を計画しているはずなのだが、他ならぬAIが原因となって、史上最大級の暴落に遭遇する未来はほぼ確定している。

となるわけです。

そう、私はもうAIに支配されているのです。

いい人がモテず、クズがモテる理由

飲み会の場で、長老弁が未婚弁に対し、モテと結婚の素晴らしさについて力説してました。

私は「別に結婚してもしなくても、人それぞれでいいじゃん」などと思いながら、ぼーっと聞いてました。

この飲み会での顛末を後で妻に話したところ、「でもその長老弁、モラハラ妻に搾取されまくっとるで」とのことでした。

奥さんに愛されておらず、健全な夫婦関係ではない模様。

散々ぱらモテについて語っておきながら、長老弁も非モテ野郎だったのです。

話しぶりや雰囲気から「いや、あんたも非モテだろ」とは感じてましたけども。

で、妻と話すうちに、私が陰キャ学生時代に妄想・考察していた「モテ論」を思い出しました。

その「モテ論」を生成AIにまとめさせました。


実体的モテ度と手続的モテ度:魅力の「資本」と「運用」
恋愛における個人のポテンシャルを、内在する価値である「実体」と、関係を進める技術である「手続」に切り分けて考えるフレームワークです。
1. 実体的モテ度:個体に帰属する「商品価値」
その人自身が持つ魅力のストック(スペックや属性)であり、「選ばれる理由(Why)」に直結する要素です。
* 構成要素: 容姿、知性、清潔感、経済力、社会的地位、誠実さ、ユーモアのセンス、心身の健康など。
* 性質: ブルデューの言う「経済・文化資本」。環境に左右されにくく、長期的な関係の安定性を担保します。
* 本質: 「この人と一緒にいることで得られる価値」の総量。
2. 手続的モテ度:関係構築の「インターフェース」
相手との距離を縮め、感情を動かすためのフローの技術(コミュニケーションの作法やエスコートの技術)であり、「どう進めるか(How)」を司ります。
* 構成要素: メッセージの返信速度・内容・頻度、デートの誘い方、店選びのセンス、服のセンス、デートの段取り、感情を読み取る共感力、押し引きの判断、自己開示のタイミングなど。
* 性質: ブルデューの言う「実践(ハビトゥス)」。身体化された振る舞いであり、相手や状況に合わせた「運用の妙」が問われます。
* 本質: 実体という商品を毀損させずに届け(場合によっては実体以上に魅力的に演出し)、購買(成約)まで導く営業力。
3. 進学校・男子校出身者の「バグ」と「割安株」理論
高学歴な男子校出身者によく見られるのが、「実体は優良だが、手続が未実装」という状態です。
* 市場の歪み: 実体的モテ度(将来性や誠実さ)は極めて高いのに、女性との交流経験不足から手続(エスコートや会話の機微)が拙いため、初期段階で「非モテ」の烙印を押されます。
* 育成の合理性: 恋愛玄人の女性にとって、彼らは「圧倒的な割安株」です。ライバル女性を出し抜き、優良物件の男性を囲い込んだうえで、手続面の不備を補正し育成することも可能です。
4. なぜ「いい人」は負け、「クズ」が勝つのか
この二元論を用いると、恋愛市場の理不尽な構造が明確になります。
「いい人・優しい男」がモテない理由
多くの場合、彼らは「実体は十分だが、手続が壊滅的」です。
関係を動かすための手続(デートへの強気な誘い、感情の揺さぶり、適切な踏み込み)を「相手に悪いから」とスキップしてしまいます。結果、裁判に例えれば「勝訴の権利はあるが、一度も提訴(アプローチ)せずに時効を迎える」ような状態に陥ります。
「クズ」がなぜかモテる理由
いわゆるクズな男性は、往々にして「手続的モテ度が異常に高い」のが特徴です。
* 手続のプロ: 相手の感情を揺さぶる言葉、返信のじらし方、執着させるタイミングなど、関係を「進める」技術に長けています。
* 短命の理由: しかし、中身である「実体的モテ度(誠実さ、安定性、信頼)」が欠如しているため、手続の魔法が解けた瞬間に「実体がない(空虚)」ことが露呈し、関係は破綻します。
結論:
真に幸福な関係を築くには、「実体を磨き(資本蓄積)、手続を最適化する(運用)」という両輪が不可欠です。
特に「いい人」を自認する方は、自分の優しさ(実体)を否定する必要はありません。ただ、それを届けるための「手続(コミュニケーションの技術)」を学ぶだけで、世界の見え方は劇的に変わるはずです。
このフレームワークを使って、あなたが今までに出会った「理解不能なモテ層」の行動を分析してみると、何か面白い発見があるかもしれません。

海原雄山≒チェリビダッケ?

最近「美味しんぼ」のアニメをNetflixで少しずつ観ている。

子供の頃にチラッと観た他、昔ニコニコ動画のMADを見てネタ枠として笑う程度だった。

改めてちゃんと観るとしっかり面白い。

昭和末期の日本の雰囲気がまた良い味を出している。

海原雄山のモデルが北大路魯山人だというのは知識として知っていた。

しかし、改めて観ると「指揮者のチェリビダッケもモデルなのでは?」と思えてくる。

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ピチッとまとめたややロン毛の髪型に、恰幅の良い体格。

そして何より妥協のない厳しい性格、毒舌ぶり、哲人ぶり、名言製造機ぶり。

実際、チェリビダッケの人柄、経歴、言動は創作キャラのようなそれっぽさで溢れている。

・フルトヴェングラーの後継者と目されながらも、その厳しすぎる言動と態度が災いし、ベルリンフィルと喧嘩別れ。首席指揮者の座をカラヤンに奪われている。大統領の要請により、38年ぶりにベルリンフィルに登壇するも、それが最後の共演となった(何とも気まずい雰囲気のリハの様子と、顔を歪めながら指揮する本番の様子が映像で残っている)。

・リハがめっちゃ厳しい。いわく「私は“練習の鬼”である。しかし“練習好き”ではない。ただ間違った音が聴こえることに耐えられないだけだ。」と。読響と共演した際の初回のリハなど、チューニングだけで数十分使ったらしい。

・録音嫌いとして知られた。いわく「レコードは自慰と同じ、欲望の代替品」。私の音楽が聴きたければミュンヘンまで来いと(ただし、録音もそれなりに残している)。

・オペラも嫌い。いわく「内容空疎で間違った芸術のならずもの」、「アイラブユーを千回言ってるだけ」(ただし、序曲集や抜粋の録音は一応残している)。

・同業者への毒舌ぶりが凄まじい。

いずれもCV大塚周夫で脳内再生余裕。

(記憶も交えて書いてるので、言い回しやニュアンスなどの正確性には自信なし)

カラヤンについて「大衆を夢中にさせる術を心得ている。コカコーラもしかり。」

ベームについて「これまでただの1小節たりとも音楽というものを指揮したことのない男」

クナッパーツブッシュについて「ジャガイモ袋」

トスカニーニについて「音楽などまったく響かせず、音符だけを鳴らした唯一の指揮者。純粋な音符工場。無知蒙昧。」

サヴァリッシュについて「高校の校長といったところ。音楽家ではない。メゾフォルテの男だ。イタリアでは長距離専門アスリートのことをメゾフォルテと呼ぶ。」

クーベリックについて「誰もが肩を並べられると思える唯一の指揮者」

ショルティについて「ピアニストとしては優れているが、指揮は下手くそ」

ムーティについて「才能はあるが、恐ろしく無知」

マゼールについて「カントを語る2歳児」

ブーレーズについて「リズムが機械的なものと理解すれば、それがブーレーズ」

アバドについて「全く才能のない男。何も食わずとも3週間くらい生きられるだろうが、ヤツのコンサートを3時間も聴けば心筋梗塞を起こす。」

クライバーについて「私にとって我慢ならない指揮者だ。彼の狂ったようなテンポでは音楽的な体験などできはしない。クライバーは神聖な響きのわきをすり抜けていく。それは悲劇的なことだ。彼は音楽とはなにか一度も体験したことはない。」

アメリカ人指揮者について「アメリカに本当に優れた指揮者はまったくいない、と私が言えば、それは侮蔑ではなく、意識下でまどろんでいる、ある不愉快な真実をあからさまにしただけのことだ」

(ただし、バーンスタインの訃報に接した際には「彼と私は長年書簡を交わしてきた。彼は真の天才だった。彼は亡くなるにはあまりにも早すぎた」とも語っている。要するにツンデレ。)

・作曲家、作品、音楽一般についても名言の宝庫なのだが、ここには書ききれない。

・毒舌ばっかりでなく、褒める時は褒めちぎってる。

同業者ではフルトヴェングラーがその筆頭。とにかく崇拝しまくり。

色物と思われがちなストコフスキーのことも意外に褒めてる。

シューリヒトのことも尊敬していたらしい。

ピアニストのミケランジェリやクララ・ハスキルのことも褒めてる。

作曲家ではチャイコフスキーとブルックナーを激賞。

ネタ的な放言だけでなく、含蓄のある哲学的な名言もいっぱいあるのだが、気が向いた時にでもまた。

トゥランガリラ交響曲

トゥランガリラとも、トゥーランガリラとも、トゥランガリーラとも、トゥーランガリーラとも。

サンスクリット語を元にした造語で「愛の歌」といった意味合いらしい。

メシアン作。

第二次世界大戦後に書かれたオーケストラ作品であり、クラシックと現代音楽の境界線上にいる特異な存在だ。

いやはやメシアンのイマジネーションの凄まじさには驚かされる。

本作には実に多様なインスピレーション元があるらしいのだが、私が聴いてて主に想起するのは、ヒンドゥー教的で極彩色な多神教の世界観。

メシアンの弟子にして前衛の旗手だったブーレーズが、結局実はクラシックの人だったのに対し、メシアンは異形の存在であり続けた人だと思う。

指揮者のパーヴォ・ヤルヴィもこんなことを言っている。

「トゥランガリラ交響曲」は物凄くオリジナルな作品で、50年以上、聴衆にショックを与え続けています。今でもサプライズがあり、驚かされます。この曲をしばらく振らないで戻ってくると、作品の不思議さを感じます。演奏するたびにショックを受けるのです。そういうオリジナリティがあります。
フランス音楽の歴史のなかでも、メシアンの音楽言語はとてもユニークです。ラヴェル、デュティユー、ブーレーズというフランス音楽の流れは、ときにオールド・ファッションに(古臭く)感じられますが、メシアンは今でも新しく、魅了されます。学校で勉強した音楽とはまったく違う。今でもへんな曲だと思います(笑)。「トゥランガリラ交響曲」は、いつも新鮮に取り組める、20世紀の本物の傑作です。

まさに我が意を得たり。

最重要な「彫像の主題」のインパクトも一度聴いたら忘れられない。

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ヒンドゥー教や仏教の巨大な彫像や、大地に屹立する巨大な男根を思わせる。

あるいは、ハンターハンターのネテロ会長の念能力:百式観音とか。

途中、第五楽章のクライマックスで登場する場面など、誇張抜きで総毛立つような畏怖と感動を覚える。

以下はヤルヴィ指揮の全曲演奏。

この1年で複数回遭遇したミス一覧

人間誰しも間違えるし、ミスもします。

この1年くらいの間に複数回遭遇したミスを、思いつく範囲で列挙してみる。

いずれも複数回遭遇したものなので、結構あるあるな間違いなのかもしれない。

ちなみに、このうち一つだけ、私もやっちゃったミスが混ざっています。

恥ずかしいのでどれとは言いませんが。

 

・金銭債権について分割弁済合意をしたものの、回収未了のまま最終の弁済期が経過。分割弁済合意の債務不履行解除を主張せずに、請求してしまう。

⇒ たとえ既に弁済期が経過しているとしても、遅延損害金の起算点が変わるので、分割弁済合意の解除を主張すべき。

・停止期限付解除ではなく、停止条件付解除を主張している。

⇒ たしかに、古い判例では「停止条件」としているが、実務上は「停止期限」が適当と考えられている。解除権者が条件成就の主張立証責任を負う事態を避けるためにも、「停止期限」を主張すべき。

・訴訟基準差額説を理解していない。

⇒ 裁判官すらたまに間違える。保険会社も結構間違える。説明がめんどくさい。

・割増賃金請求(労働者側)で、退職後の遅延損害金を年14.6%で計算していない。付加金を請求していない。

⇒ 労務不慣れ弁がやりがち。

・割増賃金請求(使用者側)で、中間収入控除を主張していない。

⇒ 同上。

・付加金(使用者側)について、一審で負けたのに、控訴しない。

⇒ とりあえず控訴して、口頭弁論終結時までに、未払割増賃金+遅延損害金を支払ってしまった方が良い場合が多い。付加金を飛ばせる可能性が高いため。

・付加金(使用者側)について、一審で負けた後、控訴して支払ったはいいが、支払の前に指定充当していない。

⇒ 事前に「未払割増賃金+遅延損害金として支払う」旨連絡しておかないと、他の費目への充当を主張されるなどして、付加金を飛ばせなくなる危険がある。

・法定相続人が多数にのぼる遺産分割で、敵対関係にない当事者から相続分譲渡証書を取り付けていない。

⇒ そうこうしている内に、ばったばったと当事者が死亡し、ネズミ算式に当事者が増えていき、地獄みたいなことになる。

遺留分侵害額の算定にあたり、遺留分権利者が受けた特別受益は相続開始から10年前までのものしか控除されないと誤解している。

⇒ 10年前までに限定されるのは、遺留分を算定するための財産額を算定するときに加算される相続人への贈与(民法1044条1項3号)。遺留分権者が受けた特別受益については、このような規定は設けられていない。時的限界はなく、10年以上前にまで遡って控除の対象となる。

・財産分与において、オーバーローン物件はいかなる場合でも分与対象外だと誤解している。

⇒ 他に分与対象財産がある場合は、オーバーローン物件のマイナス分を財産分与において考慮する運用が近年の家裁では主流。

買っちゃったよ

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去年さんざん迷ったんですよ。

悩んだ挙句、投資を見送ったんですよ。

日本株

株式クラスはオルカン一択と決めていたのに。

そのはずだったのに。

とうとう買っちゃいました。

TOPIX

マイ金融資産の2.5%にすぎませんが。

ぶち込みました。

オルカンにもともと5%くらい日本株は入っていますけど、これでちょっと比率が上がりました。

このタイミングでって、ワイはセンスないなぁ。

ほらあれやから、為替リスクのヘッジが主目的やから、スケベ心出したんとちゃうから(震え声)。

衆院選2026の「大義」と「戦略」

選挙の結果ですから、どう転んでも恨みっこなし。

高市政権には頑張っていただき、我々国民も己の最善を尽くしてきましょう。

 

みらいが議席を伸ばしたのは、個人的には良いことだと思っています。

「減税ポピュリズムには与しない」という相当数の意思が、公にはっきりと明らかになったわけですから。

シルバー民主主義、クレクレ民主主義に対する歯止めの萌芽として、見守っていきたいと思います。

 

他方で、怖いのは自民が単独で衆議院議席3分の2以上を獲得したことです。

連立政権としてではなく、一党単独で3分の2以上ですからね。

現行憲法下では初のことだそうです。

極端な話、どんなに議論が尽くせていなかろうと、どんなに問題点があろうと、自民の独断で法案を通せちゃうわけです。理屈の上では。

もちろん、自民だって一枚岩ではありませんから、いざというとき、良識ある層が暴走を食い止めることを期待する他ありませんね。

 

今回の選挙は「戦略は大義に優先する」と総括できると思います。

民主主義というのは「誠実に正しい主張さえしていれば勝てる」という甘い世界ではない。

民主主義とは、ルールと戦略を駆使した戦いであるということを、改めて痛感しました。

 

今般の衆院解散は、理由なき解散、大義なき解散だったと私は思います。

国民に信を問うべき争点なんて何も浮き彫りになっていなかったでしょう。

高市氏が会見で語った「高市早苗内閣総理大臣でいいのか、国民に決めていただく」って、それは総選挙でやることじゃなくて、首班指名で既にちゃんと決まったことでしょう。

 

しかも、予算だって成立していない。

この時期の解散となれば、年度内成立が間に合わず、4月からの当面期間、暫定予算が組まれることになるでしょう。

暫定予算では、基本的には最低限の経費を計上するにとどまります。

本来であれば4月に開始するはずであった新しい施策が延期又は縮小されることも考えられるわけです。

 

国民(少なくとも私個人)の目線から見て、なぜいま解散総選挙に打って出るのか、全く理解できません。

大義を欠く解散であったと、私は考えています。

 

しかしながら、党利党略という戦略上、解散は英断だった。

中道の結成が発表されたのは1月16日。

高市氏が会見で解散の意向を正式に表明したのが1月19日。

高市陣営は、おそらく早い段階で、公明・立憲の動きを察知していたのでしょう。

解散決断のタイミングが絶妙すぎます。

中道内部でのすり合わせもできていない。

今なら高市政権への支持率も高い。

物価高の問題など、高市政権のウィークポイントに対し、中道は有効なカウンターを打てない。

本来の野田氏は財政タカ派の緊縮路線ですが、公明とは路線が違いますから、短期間でのすり合わせなど不可能です。

自民にとってまさに好機でした。

 

結果はご存知のとおり。

自民の圧勝、中道のボロ負けです。

やりたい政策を引っ込め、比例の名簿も譲り、数多の仲間たちを落選に追いやってしまった野田氏の心中たるや。

 

というわけで、今回の選挙は「戦略は大義に優先する」という戦いでした。

 

あ、野田氏が大義の人だとは、微塵も思っていないですよ。

かつて、民主党政権時代、消費増税はしないという公約を破って三党合意に突き進んだことは、忘れていませんよ。

あのときこそ、三党合意を断行する前に、解散総選挙をすべきだったんですよ。

野田氏が大義の人ならね。