最近、般若心経を朝・晩に読経しています。
心が落ち着き、癒されるような気がします。
スーツの胸ポケットに忍ばせて持ち歩いたりもしています。
内容が素晴らしいのだ。
私が幼い頃、田舎の祖母は一緒に読経こそしてくれたが、般若心経の意味までは教えてくれなかった。
子供には難し過ぎたからかもしれない。
いや、祖母も意味までは知らなかったのかもしれない。
先祖の供養のため、ある種のおまじないや呪文のつもりで、心を込めて読経していただけなのかもしれない。
(そうした態度自体は何も間違いではない。実際、般若心経の最後の部分はガチのマジでただの呪文だ。)
東洋哲学の入門書など読むと、ますます仏教に興味が湧いてきます。
これなどとても面白かった。

ヤージュニャヴァルキャの「梵我一如」
↓
釈迦(ゴータマ・シッダルタ)の「無我」
↓
龍樹(ナーガールジュナ)の「空」
というインド哲学の大まかな流れが書かれている。
(中国の諸子百家や日本仏教についても書かれている)
私としては、日本仏教よりも、龍樹までの時代のインド仏教、原始仏教に興味がある。
入門書ではなく、もっと本格的なものを読んでみたい。
だが、何から読むべきやら。
ヤージュニャヴァルキャが登場する『ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド』の全訳など、非常に分厚く、2万円以上と高額だ。
しかも、釈迦が登場するより以前のインド哲学ということで、心理的にハードルが高いというか、気が遠くなってしまう。

釈迦自身の言葉を直接まとめた書物はないかと気になるのだが、どうもはっきりしない。
『スッタニパータ』などはそれっぽい位置づけらしい。

ただし、大乗仏教の僧や熱心な信徒の中には「スッタニパータは釈迦の直説ではない」と主張する人も少なくないんだとか。
(まぁ書かれている内容が大乗仏教の教義と大きくかけ離れているらしいので、否定説はポジショントークみたいなものかもしれないが)
かなりしっかりと理論武装されているらしいが、その分、釈迦自身の教えというより、龍樹カラーが強いのかもしれない。

とりあえず、『スッタニパータ』の邦訳を読んでから、龍樹『中論』の邦訳でも読みますかなぁ。