弁護士の我松衰です。
この度、当法人が顧問を務めております、画家の菅栄雲黒斎(すげえうんこくさい)先生が、「ネット個展」を開催されることとなりました。
美術館等の現実空間を利用した展覧会ではなく、ネット上のサイバー空間に作品を展示することから「ネット個展」と呼ぶそうです(要はブログに画像を載せるだけです)。
今後、その一環として、当ブログにも不定期ですが菅栄雲黒斎先生の作品を掲載予定です。
菅栄流といえば、室町時代から現代まで続く名門の画家一派。
かつて、同じく専門画家集団であった狩野派とは、良きライバルとして、互いにしのぎを削る関係にありました。
狩野派は親・兄弟などの血族関係を主軸とした画家集団です。
対するに菅栄流は、血縁や家柄にはこだわらず、才能ある子女を養子とし、幼い頃から一子相伝の英才教育を施し、家督を継がせることで知られています。
狩野派は、マンネリ化による創造性喪失という袋小路に追い込まれ、パトロンである江戸幕府の終焉とともに、流派は途絶えてしまいました。
かたや菅栄流は、代々作風を変えながら、時代に合わせて生き長らえ、現在も高い評価を得ています。
歴代の菅栄流宗家は以下の通りです(敬称略)。
初代:菅栄雲竹斎(すげえうんちくさい)
二代:菅栄和菊斎(すげえわきくさい)
三代:菅栄葦楽斎(すげえあしがくさい)
四代:菅栄久竹斎(すげえくちくさい)
五代:菅栄久育斎(すげえくそださい)
六代:菅栄免独斎(すげえめんどくさい)
七代:菅栄安北斎(すげえあほくさい)
八代:菅栄宇則斎(すげえうそくさい)
九代:菅栄駒華衛(すげえこまけえ)
十代:菅栄乙久観(すげえおとくかん)
十一代:菅栄阿久緑(すげえあくりょく)
十二代:菅栄虎威強(すげえこいつわ)
十三代:菅栄独落松(すげえどらくしょう)
十四代:菅栄光貞坐(すげえこうていさ)
十五代:菅栄羽和宝(すげえぱわほう)
十六代:菅栄写竹棚(すげえしゃちくだな)
十七代:菅栄百済音(すげえくだらね)
十八代:菅栄世勝山(すげえよまさるさん)
十九代:菅栄篤湖山(すげえあっこさん)
当代の菅栄雲黒斎先生は、今から遡ること28年前、先代にして師である菅栄篤湖山から、家督を正式に継がれました。
幼名は「田辺宗一郎」、前名は「菅栄宗一郎」。家督継承により「菅栄雲黒斎」となられたのです。
記者会見で、二十代目の名が「雲黒斎」との発表がなされた当時、世間でも大変話題になったことを私もよく覚えております。
これまで、菅栄家の人間で「◯◯斎」を名乗ったのは、初代から八代までの「菅栄八将」のみであり、以降、「◯◯斎」の名は避ける慣行が続いていたのです。
「◯◯斎」の名付けは、八代菅栄宇則斎以来、約350年ぶりとなります。
菅栄雲黒斎先生は、「宗一郎」時代から、菅栄家始まって以来最大のホープとして注目を浴びておられました。
雲黒斎の名を決定したのは十九代菅栄篤湖山ですから、先代の期待の大きさがうかがえますね。
そんな菅栄雲黒斎先生の作品ですが、現在、中華公国のアートマフィア、陳珍珍氏が主宰する展覧会にも出展中だそうです。
展示会場は、首都京北からほど近い、陳幸運国際フォーラムとのこと。
皆様も、旅行や出張等で同国に行かれる際は、是非お立ち寄りください。
※この連載はフィクションです。実在の人物、団体及び事件等とは何ら関係がありません。