私が世界一嫌いな料理はちらし寿司です。
海鮮ちらしのことではありません。むしろこちらは大好きです。
厳密に言えば、私が大嫌いなちらし寿司とは、五目寿司のことです。
魚介類の入っていない、野菜を混ぜ込んだ酢飯です。
味が嫌いなのではありません。
あまりにもイメージが悪いのです。
子どもの頃、私の母は度々「うちは貧乏」と嘆き、よその裕福な家庭への愚痴が止まりませんでした。
父が単身赴任するかもしれないという話が出たときには、ただでさえ手狭な社宅を追い出され、母子で厳しい生活を強いられるかもしれない、などと話したこともありました。
当時、私は小学校低学年か中学年くらいだったと思います。
とても怯え、暗澹たる気持ちになったことをよく覚えています。
そんな子ども時代、我が家で出されるちらし寿司が五目寿司でした。
市販のちらし寿司の素で和えたご飯に、刻み海苔をまぶしたものだったかと思います。
大変戸惑ったものです。
私にとって「寿司」といえば海鮮と酢飯です。
テレビで観る「ちらし寿司」は、色鮮やかな刺身やいくらを酢飯にちらした、見た目も美しい御馳走でした。
ところが、我が家で出される「ちらし寿司」にそんな贅沢な具材は入っていません。
具材は干ぴょう、しいたけ、たけのこ、にんじん、れんこんだったと思います。
見た目も地味です。
具材のチョイスも子どもには渋すぎます。
何より「ちらし寿司」というネーミングが許せませんでした。
あの色鮮やかな御馳走を期待するではありませんか。
当時の私は五目寿司という料理の存在を知りませんでした。
また、日頃、母は我が家の貧乏ぶりを嘆いていました。
ですから、私は、我が家で出される「ちらし寿司」とは、我が家秘蔵の「貧乏メシ」なのだと思い込んでいました。
友達にも話してはならない恥ずかしい料理なのだと本気で信じていました。
「ちらし寿司」が食卓にあがる度、惨めでひもじい気持ちになったのをよく覚えています。
私がもっと無邪気な子どもだったら「こんなの寿司じゃないよ〜、お刺身が入ってないじゃん!」などと言うこともできたのでしょう。
そうすれば「これは五目寿司という料理でうんぬんかんぬん」などと説明を受けて、少しは納得することもできたかもしれません。
しかし、私は、母が疲弊しきっており、自身の不遇を嘆いていることを、子どもながらによく理解していました。そして、母のことを愛していました。
母を悲しませたくない、家庭の平和な空気を壊したくないという思いから、「こんなの寿司じゃないよ〜」とは、とても言う気が起きませんでした。
惨めな思いをグッと飲み込んで、平静を装って「ちらし寿司」をかき込んだものです。
・・・その頃から何年も経ち、私の実家は比較的裕福になりました。
母も今では大変明るく元気です。
歳こそとりましたが、今の方がよっぽど活き活きしています。
家族が遊びにくれば、腕によりをかけて御馳走を振舞ってくれますし、ちょっとお高い寿司の出前をとるのもお手のものです。
人生何が起こるか分からないものです。
私は私で、最近、義甥(妻方の甥子くん)の入学お祝いの宴席に参加しました。
地元で長年愛されている老舗料理店です。
甥子くんは無邪気に蟹の握り寿司を追加注文していました。結構良い値段だったと思います。
「命より大事」という小学校の卒業アルバムも見せてくれました。どの写真も素敵な笑顔です。
時代と世代の移り変わりを感じ入りながら、海鮮ちらしをいただきました。
お刺身やいくらだけでなく、蟹身や錦糸卵がふんだんに散りばめられています。大変美味しかったです。
今後、私が五目寿司を好きになれる日が来るかは分かりません。
そのような日が来るとすれば、それは私の中で何かが変わったときなのかもしれません。